科学者ら、より鮮明なデータを得るために奮闘。生物多様性のデータは過去の不公平によって歪められている?

新たな国際協定は生物多様性を保護するために年間300億ドルの拠出を約束しています。データに基づく決定は、これまでの罠を回避できるのでしょうか?

文:Warren Cornwall
2024年1月4日

世界中の生物多様性マップは世界に生息する動植物を反映するだけではありません。不正の遺産を含め、私たちの生物に関するイメージを形作る人類の歴史を映し出します。

これはつまり、裕福な国でより多くの科学者が調査しているので、種の発見がそのような国に偏っているということを指します。例えば、北米、ヨーロッパ、オーストラリアが注目されるのは、そのような背景があるためです。

社会的な混乱が事態を歪めることもあります。東南アジアのカンボジアでは、1970年代から80年代にかけて、内戦とクメール・ルージュ政権による殺人によって生態系が崩壊しました。

地域レベルでも、過去の差別が自然豊かな地域に影響を与えることがあります。米国では、レッドライニングとして知られるように、特定の地域に家を購入できる人を人種差別的に制限していました。より白人が多く、裕福な地域ほど緑地が多く、その結果、目撃される鳥の数はおよそ2倍になったのです。

生物多様性の減少を食い止める取り組みが政府や自然保護団体から支持される中、一部の科学者は、注意しなければ多くの人が活用する生物多様性データによって、この不公平の遺産がさらに広がる可能性があると警告しています。

「生物多様性データは、種の分布だけでなく、都市や道路、監視技術の台頭、植民地時代の歴史の影、現代の人種的・経済的不公平の反響をも記録している」と、カリフォルニア大学サンタバーバラ校の国立生態系分析・統合センター(National Center for Ecological Analysis and Synthesis)の生態学者で博士研究員のMillie Chapman氏は言っています。

多額の資金も投資されています。2022年に採択された「昆明・モントリオール生物多様性枠組み(Kunming-Montreal Global Biodiversity Framework)」と呼ばれる新しい生物多様性世界協定には、2030年までに生物多様性関連の資金を年間300億ドルに増やすという誓約が含まれています。生物種に関する科学的データは、その資金がどこに使われるかということに影響を与えます。

生物多様性への注目の高まりは、Chapman氏をはじめとする生態学者、社会学者、コンピューター科学者、政治生態学者のグループを駆り立て、データやその利用方法の欠点にどう対処すべきかを考えることに繋がりました。今日発表されたScience誌の新しい論文には、彼らの重要な発見のいくつかが綴られています。

地球規模生物多様性情報機構(The Global Biodiversity Information Facility)は、生態学的データが社会史と衝突している典型的な例です。この政府出資の国際的なデータベースは、地球上の生物種について26億件以上の観測データをまとめています。このデータは、絶滅危惧種や侵入種の管理など、多くの保全関連プロジェクトに関する政策決定に役立つことを目的としています。しかし、この機構のデータマップを一目見ただけでも、生物多様性のホットスポットとは一致しないことがわかります。アメリカやヨーロッパでは多くの観察が行われているのに対し、より多くの種が生存している中央アフリカの熱帯雨林は比較的空白になっています。

この問題は生態学者の間ではよく知られており、統計モデルによって部分的に修正することができます。しかし、Chapman氏と彼女の共同研究者たちは、この問題はもっと深いところにあると警告しています。

「データの社会的・政治的格差に対処し修正しなければ、自然保護コミュニティは、他の領域で見られるような罠に陥る可能性が高い。つまり、データを通じて、過去と現在の不公平を将来の意思決定に根付かせてしまう」と研究者たちは指摘しています。

出来ることの一つとしては、科学者でなくてもデータ収集に協力できるプログラム、より少ない労力で環境データを収集できる新しいセンサー、空気中や水中に浮遊するDNAの断片から生物種を検出する環境DNA(eDNA)など、新しいツールを使って観測数を増やすことが挙げられます。しかし、これらのツールには落とし穴もあります。データの空白を埋めることが期待される一方で、新しいデータソースが過去の不均衡を再現しているという証拠もあると論文の著者たちは警告しています。

よりニュアンスのあるモデル化も役に立つかもしれません。しかし研究者たちは、これほど多くの社会的変数を考慮するのは難しいだろうと指摘しています。ある地域が道路や町にどれだけ近いかというような要因をコントロールするのは一つの方法ですが、誰が科学資金を得るかといった決定の影響を追跡するのははるかに難しくなります。

研究者たちはデータ収集の背景をより深く理解することが解決策のひとつであると述べています。地域の人々や組織と協力して、その場所の社会的・歴史的状況をよりよく理解し、それらが生物多様性に関する情報にどのような影響を与えるかを理解することが必要です。このようなコミュニティベースのシステムの一例として、科学者たちはInternational Forestry Resources and Institutions(IFRI)を挙げています。IFRIは、世界各地にある10以上の研究機関の連盟で、森林に関連した調査を共有しながら実施しています。

このような研究は、単に種の数を数えるだけでなく、森林を形成する社会的要因も調査しています。

より多くのデータやより精巧なモデルの欠点は、世界の生物多様性をより明確に把握するための希望がないことを意味するものではない、と論文の著者たちは書いています。しかし、それには労力を要する作業と、地域の状況に細心の注意を払う必要があるということです。「つまり、近道はない」と彼らは書いています。

出典:Chapman, et. al. “Biodiversity monitoring for a just planetary future.” Science. Jan. 4, 2024.