「移民」サンゴはフロリダの死にかけたサンゴ礁を救えるか?
科学者たちは、フロリダとホンジュラスの親から生まれたハイブリッドのエルクホーンサンゴを、初めて自然環境下で試験しています。この実験はサンゴ礁の生存と保護政策の両方に大きな影響を与える可能性があります。
文:Warren Cornwall
2025年8月20日
サンゴは厳密には移動する生物ではありません。多くのサンゴは外骨格を持ち、生き物というより彫刻のように見えます。しかし現在、フロリダの科学者たちは、サンゴの移動に関する異例の実験が成果を上げるかどうかを注視しています。
フロリダ州の沿岸海域が8月の暑さで温まる中、ホンジュラスとフロリダという本来なら出会うことのないカリブ海の遠く離れた地域に由来する親を持つ、若いエルクホーンサンゴにとって、これは野外での初めての高水温テストとなります。
「このサンゴがどのように適応するのか、とても興味深い」と、マイアミ大学のサンゴ生態学者、Andrew Baker氏は述べています。
これは単なる生物学的実験ではありません。政治的な実験でもあります。今回、フロリダ州の規制当局が、同地域の別の場所から遺伝子を導入したサンゴの放流を初めて許可しました。そしてBaker氏のような科学者たちの思惑通りに進めば、これが最後にはならないでしょう。
7月下旬に発表された『サイエンス』誌の記事で、Baker氏をはじめとするサンゴの研究者たちはこのような対策の必要性と、今後その対策を実施しやすくするために必要な政治的また制度的な変革について詳しく述べています。
「支援遺伝子流動(AGF)」と呼ばれるこの手法は、環境変化に対応できるよう個体群の移動を後押しすることで、その種の生存を助けようとする保全活動家や科学者が行う様々な工夫の最新事例です。場合によっては、文字通り生物を移動させることがあります。例えば、ヨーロッパの研究者たちが鳥類をより北へ運んだり、フロリダのサンゴのように、遺伝資源を移動させる場合もあります。
もし外部からの支援を必要とする生物がいるとすれば、それはフロリダのエルクホーンサンゴでしょう。数十年にわたる汚染、船舶による損傷、病気、海水温の上昇により、とげのあるエルクホーンサンゴと、より広がりのある近縁種のスタッグホーンサンゴが形成した自然のサンゴ礁の大半が消滅してしまいました。この2種は1980年代初頭以降、フロリダで97%も減少しています。
現在、フロリダのエルクホーンの遺伝的に固有な個体はわずか158個体しか存在しません。そのうち野生で確認されているのはわずか23個体です。
これほど遺伝的多様性が乏しいことの危険性が浮き彫りになったのは、2023年にフロリダで記録的な水中熱波が発生し、残存するエルクホーンサンゴの群体の多くが壊滅的な被害を受けた時です。被害を受けたのは自然下で生きていた個体だけでなく、水槽で育てられた後にサンゴ礁の再生のために海に移植された個体群も含まれていました。
科学者たちはこの壊滅的な被害から一つの大きな結論を導き出しました。より温暖化する世界に適応するため、これらのサンゴが進化する機会を与えるには、より多くの遺伝的多様性が必要だということです。そのため、現在ではフロリダのサンゴ同士による有性生殖を促進することが重視されています。これは、水産養殖施設でより遺伝的に多様な子孫を生み出すことが目的です。従来、サンゴ移植プロジェクトの多くは、主に既存個体のクローンに依存していました。これはサンゴの外骨格(実際には遺伝的に同一のサンゴポリプのコロニー)の一部を切り離すという方法です。
しかし、カリブ海の他の地域、例えばホンジュラスなどのエルクホーンサンゴの個体群からも、さらに多くの遺伝的多様性がもたらされる可能性があります。Baker氏によれば、そこではエルクホーンサンゴがより高温で汚染された水域で繁栄しているといいます。
研究室で科学者たちは、フロリダとホンジュラスのサンゴの産卵から採取した遺伝物質を用いて、Baker氏が「フロンジュラン(Flonduran)」サンゴと呼ぶ個体を作り出しました。その個体は最終的に小さなホッケーパックのような円盤に定着し、海底に設置される準備が整えられました。
「1歳になったこれらの子孫の中には、フロリダの暑い夏によりうまく適応できる個体が現れることを期待している」とBaker氏は言っています。
しかし研究者たちが、このようなサンゴの子孫を水中に放流する前に、政治的境界を越えた生物種の移動を規制するために設けられた複雑な規制の網をくぐり抜ける必要がありました。これにはフロリダ魚類野生生物保護委員会からの許可も含まれていました。その前段階では、ホンジュラスのサンゴの断片をフロリダの研究室に持ち込むための許可を得るのに1年を要していました。
温暖化が進む世界において、保全科学者たちは自然プロセスに介入する必要性が高まっていると考えていますが、今日の政治的ルールはその妨げになりかねないと、Baker氏らは『サイエンス』誌の論文の中で警鐘を鳴らしています。種の越境輸送を規制する国際協定の一つである「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約(ワシントン条約、CITES)」は、科学者が乗り越えなければならない障壁の一つです。米国には絶滅危惧種法があります。さらに、名古屋議定書という国境を越えた遺伝資源の共有方法に関する勧告を含む、あまり広く利用されていない協定もあります。
サンゴに関しては、Baker氏らは、絶滅危惧種の闇市場を助長したり、不要な害虫の侵入を防いだり、ある国の遺伝資源が他国に乗っ取られるような事態を避けつつ、こうしたシステムを効率化する方法について提言しています。
これには、CITES規制のもとでサンゴを生きた植物と同様に扱い、異なる国の養殖施設間でサンゴを交換できるようにする方法も含まれます。また、一種の地域遺伝資源バンクのようなものを創設し、異なる国のサンゴを水槽で生きたまま保管したり、将来の使用のために精子を凍結保存したりすることも考えられます。
無駄にする時間はないと科学者たちは警告を鳴らしています。サンゴは自然の力だけでは十分な速さで適応できていません。そして「AGF(支援遺伝子流動)を効果的かつ大規模に実施するための契機は急速に失われつつある」と彼らは論文に書いています。さらに「絶滅の危機に瀕したサンゴ種を救うために、遺伝子救済が『必要』になるまで待つのは、おそらく手遅れになるだろう」とも述べています。
フロリダのエルクホーンサンゴにとって手遅れかどうかは、まだわかりません。
出典:Baker, et. al. “Proactive assisted gene flow for Caribbean corals in an era of rapid coral reef decline.” Science. July 24, 2025.
画像:Photo by Karl Callwood on Unsplash
DATE
October 6, 2025AUTHOR
Future Earth Staff MemberSHARE WITH YOUR NETWORK
RELATED POSTS
ヒトデ大量死の原因が判明、次のステップは回復へ
樹木の知性:古木はどのようにしてより多くの二酸化炭素を吸収するようになるのか
地図によると海洋の保護はかなり進んでいるが、衛星画像で見ると現実はあまり美しくない
